あたたかいかわいいきもち

地球のいちばん上のおおきな氷のうえに住んでいて、

まいにちまいにち窓の外のブリザードとほろんでいく世界をみていた。

まいにち世界のほろんでいく様をふたりでみていた。

 

このちいさなあたたかい家がまるでノアの箱舟のようであったなら、

きれいに洗い流されてしまった地のうえで、

ふたりでもういちど生きなおさなければならないんだけれど

 

もしもそうなったらどうしよう、とぼくはひそかに思っていた。

 

 

彼に話してみたらいつもの調子でやんわり笑って、だいじょうぶですよ、と言った。

ぼくにはなにがだいじょうぶなのかわからなかった。

だって、神さまはもうこんなことはしないって、おっしゃったでしょう、彼は紅茶にあたたかいミルクを注ぎながら言った。

シナモンのへんなにおいがあたたかく香っている、ぼくはシナモンとか、香辛料はあまり好きでないんだけど彼のいれる紅茶はすきだった。

砂糖のたっぷりと溶けたあまい香りもする、いつものよりもちいさなティーカップに注がれた。

 

ねえ、

今日も外はひどい天気で、吹雪の音に負けそうになりながらぼくは話した。

返事をするかわりにあらためて笑ってみせた、彼の膝掛けの織り模様をじいっとみつめてから、彼の顔をもういちど見れば彼もまた微笑みかえした。

 

神さまがうそをついたらどうしよう?

シナモンの入ったミルクティーは喉が痛くなるまでにあまくて、添えられたビスケットとマシュマロ、いちごジャムもそれはひどく甘くてひどい組みあわせだったがふたりはすきだった。

あとにはアジアらへんのお茶が飲みたくなるんだけども!

 

彼はやっぱり笑って、だいじょうぶですよ、とまた言った。

ぼくはやっぱりなにがだいじょうぶなのかわからないんだけども、彼がマシュマロを食べおえるのを待った。甘いマシュマロのあとであまいシナモンミルクティをひと口飲んで、グラニュー糖の粒がみえるような田舎くさいビスケットにいちごジャムをまるで品がなく乗せ、それをジャムがこぼれないようにひと口で食べてしまってから彼はもういちど笑った。

 

だいじょうぶですよ、

ぼくにはやっぱりなにがだいじょうぶなのかわからないんだけども、彼がだいじょうぶだと言って笑うんならだいじょうぶなんだろうと思った。

 

このちいさなあたたかい、ちいさな家にはふたりのほかに動物がいない。

もしもきれいに洗い流されてしまった地のうえに、ふたりだけで落とされる日がきたら、そうしたらしばらくお菓子だけで暮らすようかもしれない、ぼくはべつにそれでもかまわないと思った。彼もそんな生活でもじゅうぶん耐えうるだろう。

そうしたら彼の言ったとおりに、だいじょうぶな気がしてきてぼくはミルクティーを飲み干した、カップの底には溶けきれない砂糖がでろりと流れていた。

 

 

地球のいちばん上のおおきな氷のうえに住んでいて、

まいにちまいにち窓の外のブリザードとほろんでいく世界をみていた。

まいにち世界のほろんでいく様をふたりでみていた。

 

このちいさなあたたかい家がまるでノアの箱舟のようであったなら、

きれいに洗い流されてしまった地のうえで、

ふたりでもういちど生きなおさなければならないんだけれど

 

もしもそうなってもだいじょうぶだと、ぼくは心底思っていた。

 

 

このあたたかいかわいい気持ちとお菓子と紅茶でしぬまでいきていける。

生きていても死んでいても、同じようなものだと思った。

体がズシンと重い。重力に正直なだけじゃない。でも、でもお願いだから動いてくれないだろうかと、懇願してしまう自分に涙が…出ない。

息も出来ないような錯覚に陥る。私、壊れたのかな。そう思うと心臓が2倍にも3倍にもなったような気分になって、吐きそうにすらなって…吐けないで、涙の一粒も零れない。ただ苦しい、生き地獄。

 

ちがうよ、と自分がどこかで言う。何がちがうんだろう。

どこにも、どこにも他に苦しい理由は他に無い私が一番大事なのは私だもん。それでも私は傲慢なこの運命を生きて行く。

 

かなしい、誰か助けて、誰かここから出して。

知ってるよ、これはただの悪夢で何処かには、みんなでいたところに私がふざけながら笑い方を教えてくれた野原へのドアがあるんでしょう?それでも、ドアを見つけた所で、きっとこんどは鍵がみつからない。

人生というのはそうしたものだ。どこにもひとつの救いも無い、と心のどこかで思いたい。

だって、希望があるなんて思ってしまったら、絶望の何倍だって手に入らない事が苦しいでしょう?

 

Courage  Poem by Anne Sexton

It is in the small things we see it.
The child's first step,
as awesome as an earthquake.
The first time you rode a bike,
wallowing up the sidewalk.
The first spanking when your heart
went on a journey all alone.
When they called you crybaby
or poor or fatty or crazy
and made you into an alien,
you drank their acid
and concealed it.

Later,
if you faced the death of bombs and bullets
you did not do it with a banner,
you did it with only a hat to
comver your heart.
You did not fondle the weakness inside you
though it was there.
Your courage was a small coal
that you kept swallowing.
If your buddy saved you
and died himself in so doing,
then his courage was not courage,
it was love; love as simple as shaving soap.

Later,
if you have endured a great despair,
then you did it alone,
getting a transfusion from the fire,
picking the scabs off your heart,
then wringing it out like a sock.
Next, my kinsman, you powdered your sorrow,
you gave it a back rub
and then you covered it with a blanket
and after it had slept a while
it woke to the wings of the roses
and was transformed.

Later,
when you face old age and its natural conclusion
your courage will still be shown in the little ways,
each spring will be a sword you'll sharpen,
those you love will live in a fever of love,
and you'll bargain with the calendar
and at the last moment
when death opens the back door
you'll put on your carpet slippers
and stride out.

水面のゆがみに顔を映し、

水面のゆがみに顔を映し、己の顔の愚かさに笑った。

楽しそうだね、と彼が傍らで言う。楽しいことなんて、と私は返し、何もないよ、と彼を見返した。

 

殺してえなぁ、と彼の背中を見ながら思う。それはもう、腹が立つほどに。やめておいてはいるのだけれど、どうなのだろうかなあ。

私が彼に挑戦したいのは変らない。だから何時この、どうなのだろうかなあ、とという気持ちが変わるかは解らない。

殺したいかどうかなら、やっぱり殺してしまいたい。

 

彼は、歩き回る私の世界であり戦場だ。

いつなんとき命を落とすか解らない。いつなんとき命が落ちるか解らない。

彼も私も、命はナイフにブッ刺してあって、それが抜けたとき、二人の、死ぬときなのだ。

大事なものは骨と其れ以外だ

生きて行く上で大事なのは身体がギシギシなることで、だからからだがぎしぎしなる私はちょうどいいのだと思っている。肋を触ってみると、皮膚から少し浮いているだけだ。

 

奥の扉はいつもしまっている。なんかたまに内臓の位置変わってるんだよ、と彼はその向こうを指差して言った。私の首は骨が浮いている。大事なものは、これと其れ以外。

大事なものは骨と其れ以外だ。

自分の手のひらをみる。皮膚が無い。中で少し赤味ある肉がうごめく。

 

殻に触らなければいけないから私たちはよく自分の殻の中に埋まる。どう頑張っても自分は自分にしか働かない脳みそを持っている。欲情とまでは行かないけれど、他の人たちよりも詳しい部分が少しでもあるのかもしれない。

 

欲望について、五大欲求の弁解と逃亡

性欲

かれからてのちからがぬける かれのてをすりぬけるわたしと

そのてににぎられることのなかったわたしのうではせかいをみのがしてしまう

 

全てを殺す準備を常にしている。男に勝てない腕力じゃない。男に押さえつけられると力を失くすのは女の本能だ。つまり、この、肉の割れ目の。口に出すと、灰色の髪の男は顔を顰める。はしたないことをいうもんじゃない、そうは言うのだが、彼にもそれ故の肉棒と本能を持っている。世界は人口により破滅する。人は増えていく。だから死ななくてはなるまい。精液が無駄になることを望む。女の肉の割れ目が無意味であることを望み、男の肉の棒が無意味であることを望む。静かになって欲しい。絶対無いだろうけれども。だからこそ肉を持ち肉を立ち肉により肉の支配。モノクローム。本来色すらなく。

 

 

 

睡眠欲

めをあけてはならない かれはみられたくない

めをとじてはならない かれらがよく解らない

 

起き上がると、転がっている骸のような女の長髪が目に入る。潰したい形の頭をしている。つつくと起きる気配は無い。下半身の重苦しかった性欲が抜け出た朝なので随分自分もさっぱりしている。フィフティフィフティではなかったが。横に転がる骸のような女の長髪を指に絡めてすう本抜く。日に80本ばかり抜ける生き物は健康体だそうだ。昨日は非協力的だったので今日は協力的に抜いてやる。呼吸は聞こえる。ごく僅かだけれども。これに金属を突き刺したらどうなるだろうか。そう考えるが直に萎える。刃物が似合わないのではない。似合いすぎてつまらない。この女は死ぬべき女で骸なる女なのだ。だからほら、こうして、眠っているほうが似合うではないか。

 

 

 

金銭欲

てもとにのこるのはやつのからだのにおいをのこしたただのかみきれ

それゆえにほおずりしたくなるやつのにおいをのこしたただのかみきれ 僅か、血の匂い

 

お給料を片手に家に帰る。彼は恐らくいないのだろうが、それでもある程度の懐の暖まりに顔が綻ばないでもない。家に帰ると、わぁ、と声が聞こえる。見ると彼の知り合いの面々が集まっているのだ。あらら、と声に出すと、ひょっこりと夜の連中まで出てきて、表向きだけはにこにこ笑うことにした。黒髪と金髪が飲み対決などと嘯いている横で、その髪の短い髭の生えた男は笑っていた。その男はムラッ気のある男で、いつまでもついてきたかと思えばいつの間にかいない。毎週顔を出すかと思えば指名すらしない。やはり何故か私はそいつに血の匂いを嗅ぎ取ってしまう。どうしてだろうか、この無意味さは。やはり血の匂いを嗅ぎ取ってしまう。胸の中の封筒を撫でる。睡眠欲に取り付かれない夜は過ぎていく。何故か懐の金銭が温かく感じた。ちょうど、体温のように。

 

 

 

物欲

てよりもからだごとひきよせる みせられたとうそぶくがほんとうはしっている

いやじゃないからついてきたのだろう その顔が歪むのが好き

 

アッハッハッハ、と馬鹿のように笑う奴の手首に女物の飾りが下がっている。利き手は知らないが、先ほどから矢鱈と左手で仕事をこなすのはただたんにそれをみせびらかしたいだけだろうか。この男の物欲には付き合いきれないし、欲しがった途端に離すその神経も理解し難い。宇宙は広いがこの男が本当に欲しいものは無いしほしくないものも無い。全ては闇の中だ。金銭欲より勝っていくこの男の物欲にいったい何が勝てるというのか。ちゃらり、とあの飾りがなった。私がそれを見る。その顔を顎で持ち上げて、奴は私の顔を見る。目が笑わない。癖なのか、元からなのか、笑いすぎた故なのか、知らない。妬けるか?奴が聞く。私は無表情に、興味無い、と言い放つ。奴は面白くなさそうに、肩を竦め、その手首の飾りをブッちぎって、ゴミ箱に投げ込んだ。何れ砕かれて無に投げ込まれる。

 

 

 

排泄欲

あるかなくていい うまれたばかりのいきものはいつだってあるけないのだから

わらわなくていい いきかえりなんてしんじないほうがいい人間しかわらわない

 

排泄欲ゆえの我侭だろうか。腰を掴む手に力が入る。ふっ、と呼吸が漏れる。先ほどから酸素の無駄遣いだが、自重は無駄である。懲りない面々。果てるまであと何分だろうかカウントダウンは嫌いだ。どろどろしている、いきものすべて。手が体の上で滑る。奥に行こうとするが上手くいけなくて一度抜きかけてまた行こうとする。その過程が快楽になる。よって結論のすり替えである。推進力は要らなくなっていく。過程があれば良いのだということに気付く。結論なんて見なくなっていく。愛情とは、根拠の無い物欲。いずれどこにもいけなくなる。行く必要もなくなる。汗が流れる。腕が背中を掴んでいる。この背中のいずれかに世界があると彼女は思っている。だから世界を恨む君は背中に爪を立てる。

 

 

 

セックスはしたくない、眠たくも無い、お金は要らない、物欲しくない、逃がしたくない。

恐るべき程の欲求よ、身に余る光栄も

然るべき故の欲求よ、醜い情景音楽も

怒るべき人の欲求よ、暴力沙汰の夢も

嘆くべき星の欲求よ、余すところなく

破棄せよ空の欲求を、いますぐにでも本を読みながら!

 

ぜつぼうをするよ!いつものあのはげしいぜつぼうを! 

どうしようもない

痛みに堪える様に丸くなった背中をどうしてやろうかなんて一瞬考えた自分死ね。

かなしんでいるんですかという言葉すら軽くなる自分死ね。

頑な表情をどうにかしたくても出来ない自分死ね。

ゆるゆる夕陽が過ぎていって世界なんてみんな死ね。そんで私も死ね。

追いつめないで欲しいよ。私は幾ら窮地に立っても大丈夫だから、私の大切な貴方だけにはそんなことはほんとうに厭で。大丈夫、私も死にたくは無いけど時々本気なの、ナイショにして下さいね。

ねえそんな目はちょっと泣きたくなるから止めにして下さいね。お願い。

工場

そいつらはわたしの目の前に現れ、面白がりながら走り去っていった。

私のことを背中で笑っている。

 

せいぎのみかたはこうじょうにすんでいる。でももうすぐこわされてしまうんでしょう、猫を一匹残したまま。

わたしをさがしだしたかれらはわたしをさがしてくれるようにたのまれたのだのだとこくはく、そしてわたしにしょうげき。わたしのからだに工場の工事現場並みにしょうげき。工場。工場。工場。誰かが歌ってました正義の味方。まだいるみたいです、正義の味方。

 

これが私の、嘘だとしても。