2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

膨らむ

大きな肩口に額を押し付けると額は温度で温まった。彼よりも本当は自分の体温の方が高い。今しがた人を殴った。血にぬれないまま人を殴った。臭いを懐かしむことはしなくて良い、そして抱き返すこともしなくて良い、出来ることなら、頭を破裂させて欲しい、…

だれかがまおうになる

俯いた首のまま声を嗄らすことをしてはいけなくて、ならば顔を上げればと思いながらも、そうすること敵わず。首を絞められたような、手の皮膚の感触。波打つ指紋はきめ細かに並んでいて、その規則性が気持ち悪い。 手の平から汗が流れる。そして目玉からは涙…

撫ぜらう

身体を曲げる嗚咽に脳みそをふるわせていると彼は笑った。 いつも笑っている。目を見上げると、怖がるようにでもなくまた笑った。にこにこしている。してるだけだ。そいつは逆光のなかで不敵に笑う。 何だろうなお前は、と彼がいう。私は頷いた。私にも解ら…

革命は起こらぬまま

ソファに埋もれて膝を抱えた。デザイン性の低い、しかしその代わり体を預けるには最適な座り心地。 真っ白な壁に何かの間違いみたいにぽつんと掛けられたスクエアの銀の時計が、私と日常との空間を切り分けるように秒針を刻む。細い針が動く毎に細切れにされ…

さんすう

“ない”と教えられていたものがある日突然“実はこう表せばよいのですよ”と180度方向転換することはさんすうではよくあることだ。 例えば√だとか、複素数だとか。 3.14で必死に計算してたものが突如現れたπに取って変わられたのは、幼な心にショックだったのを…

警告の先

早くしないと捕まるよ。 いつからかそう耳元で声がする。 貴女は逃げなくてはいけないよ。 足元をさらさら洗う清い川の様に、それはいつも私の鼓膜を穏やかに流れてしみこんでくるのだ。声は私を心から心配してくれる優しい優しいもので、私は聞くたびいつで…

畏まった文字列が頭が良さそうに見えて困ってしまう。

歪んだ視線から漏れてきた変な光が、眩しくて目が潰れそうだ。 もしかしたら。 彼女は言わないけれど、もしかしたら彼女は最初の頃はちゃんと食べていて、ちゃんと食べていたのに、物足りなくなって、此れじゃ駄目だと絶望して、最後の最後に選んだ食料が私…

かぶりを振ることで応える

首を真っ逆さまにかぶりを振ると世界が流転した。つまりは否定という意味。 このまま流れるように転びまわりそのままもう脳みそ床にぶちまけてそのままつぶれてしまいたい気分だ。目蓋をひらく前にもとから眼球はずっとひらいている。ほんとうは閉じているの…

傲岸に全てを踏み潰していくばかりなのだから

その背中は大きい。その後姿ばかりを、見ている。 どこもかしこも体つきは美丈夫そのもので、肩幅は見るだけで縋りつきたくなるほど力強く広く、長身の男に酷く似合いのそれだ。蒼の服にかかる灰色の髪は指を伸ばしたくなるように艶やかに光り、まるで太陽を…

生きる理

最初に冷水。それから徐々に温度が上がり、やがてすこし熱めに設定した湯がつめたいからだに降り注ぐ。太くて尖らない針が体に落ちてくるような刺激。だっていま体のどこもかしこもひえている。ひえすぎている。 すこしひらいた足のあいだから、どろりと昏い…

考えることの放棄

消えてなくなるのが怖い。火に包まれて肉が無くなるのが怖い。狭いツボに詰め込まれて骨のかけらも消えない石の中に閉じ込められるのが怖い。怖い。居なくなられるのが一番怖くて、でも自分が居なくなってもきっと誰も怖く無いと思っている。時々たしなめら…

仏の顔を三度撫で其の後罵倒

私の生活水準は自称中の下で、そのくせ馬鹿なので高ければ高い所を延々と好んでしまう。 色々なものはいらない。いつでも笑顔を振りまく場所で働くのは人の顔を見たくないからで、人を人とも思ってない、相手は人間ではないのだと。少なくとも自分の事を形容…

胎内回帰

此処は母親の胎内のようだ、と思った。もちろん実際に母親の胎内のことを覚えているわけではない。自分は今の自分でしかなく、幼い頃の記憶も、ましてや胎児だった頃のことなどはまこと現実味のない絵空事のようである。間違いなく「あった」時間だというの…

うつくしい結晶

真珠というものは痛みの結晶なのだと言う。その組成に基づいて言われる話だ。 貝の中にちいさなつぶてを入れる。貝にとっては異物だ。そのままにしておいては肉を咬み血を腐らせて命すら縮める事になる。だから貝はつぶてを真珠に変える。胎内から吐き出した…

けだものでしょう

人間なんて生まれ出でてから死ぬまでけだものでしょう。軽やかに口で笑って。昔の人は蛍の光で勉強したってね、頭に残っている別の国のお話。蛍の光でなにを勉強すると言うのだ、働かなければ死ぬ。 瞼を舌で押し上げて眼球を舐める。瞼の粘膜、睫毛の付け根…

ここじゃなくてもいいんだけどね

私が自分で思うことには自分にはあんまり居場所が無いなあということで結構小さい頃からの妄想なので彼に言ってみた所、じゃぁ何処にも帰んな、とまた彼らしい非常にクールで非情なビューティーな声で言った。ああもうそれもそうかも、と言うとだろ、と彼は…

それは母と言う名の幼き頃の影

「あんたたちなんか死ねばいいッ! こんな子供、生むんじゃなかった!!」 鬼や悪魔や化け物なんか見たことなかったけど、今目の前で恐ろしい顔をして喚いているのは何なんだろう。兄貴が後ろで何か言ってる。本当に裂けてしまいそうなぐらいに口をいっぱい…

これを生と言うのなら実に無様なものであったし事実今もそうである

何本もの糸がが整然と連なり絡み合うように世界が正しい形で織られ、私の生命がそれなりに秩序とした形で成立していたのはもう10年以上も昔の話で、美しかったはずの糸はとうに血塗られた手で解かれ潰されている。 引き千切られた世界はどこを見ても何処を…

何も持たないからどこにだって行ける

うつくしい所作で煙草を捨てることに命をかけていた時期があった。 にこやかに、いとも簡単に別れの言葉を口に出せるおんなのこたちを私はなによりも羨んでいる。彼女たちの後ろに見える明日を羨んでいる。それら、なにもかも私は手にしてない。 過去の思い…

あたたかいかわいいきもち

地球のいちばん上のおおきな氷のうえに住んでいて、 まいにちまいにち窓の外のブリザードとほろんでいく世界をみていた。 まいにち世界のほろんでいく様をふたりでみていた。 このちいさなあたたかい家がまるでノアの箱舟のようであったなら、 きれいに洗い…

めんへらくそびっち

いつ、どこからどうやって噂が流れているのか知らないが、私は別にセックスが好きなわけじゃない。 食うことや眠ることと同じように、身体が欲するから満たしたいだけだ。空気を吸う、水を飲む、それらとまったく同じ感覚で私は体温を欲しいと思う。そこに特…

水玉模様

あの人のことを考えていると体中にまぁるい穴があく。比喩的表現じゃなくてホントの話。初めは小さな丸が心臓あたりに空洞をつくるんだけど、だんだん数が増えてきて私は体中穴だらけ。それにはとても『侵蝕』という言葉が相応しい。 「好き」とか「愛しい」…

歪みの国の彼女

彼女の目は爛々と輝き、私の眼では到底叶いそうにも無い。 何時だって彼女は凛々しくって賢くって不器用で小賢しかった。卑怯と呼べるには私は値しないし、彼女の望みをみんな知っていて、みんな各々好き勝手に彼女に戦いて、好き勝手に彼女を崇めていた。 …

夜でもないし朝でもないし夕暮れでもない

ただ少しささくれ立った指の節々。剥いだ後の血液。かわがふやけていく。年を取るように。風呂に入ったとの指を見るのが私は嫌いで、それに触るのも嫌い。磯巾着は毒をもっているらしくって、昔知らずに突いていた。それでもそういう種類だったらしくて触っ…

闇を好むかといわれれば恐ろしいと光を呼べる

暗闇に入り込むと、体の外側に力が抜けていくのが解る。 腕を伸ばすと冷たい空間にはしっかりと爪でかつんと音が鳴った。硬質的な音だった。私は仕方無しに起き上がり、携帯を放り投げ、眼を閉じたばかりなのか寝ているのか解らない彼の口を噛んだ。 口の味…

わすれてしまう

纏わり付く夥しい量の髪の毛は、樹木に絡まる蔦のように踝から脛を経て、最早膝まで達しようとしていた。歩を進めることができなくなることを恐れ強かに前進すると、下肢を侵食している髪の毛は、ぶちりぶちりとまるで草が引き抜かれるかのような音をたて、…

その夜は雨が降っていた

自動販売機が目の痛くなるような強い光を振りまく狭い道を、私は踊るような足どりで歩いていく。 とうの昔に全身は余すところなく雨に濡らされていた。最近頭から離れない、何か英語の何処か遠い国の歌を口ずさむ。 自動販売機の前に立ち止まり、雨の落ちて…

あおいよる

夜中に目が覚めて、どうしようもない寂しさにとても泣きたくなったのに涙は一粒だって流れなかった。窓の外の夜はいつもより少しだけあおかった。そんないつもより幾らかあおい夜に思い出したのはきっともう二度と会えない家族でもその昔付き合っていた女の…

お前はゆっくりした声で貶めていく

ひっくり返された皿を振り返ったり後始末をしたり舐めてみたり割ってみたり汚してみたりその全てのことをしない。真新しい水色と麗しい赤色と狂おしい灰色が攻め立ててくる。歪んだ星が空に見える。鬱陶しい。消すぞ。 『救援をお願いしたい!』 『無理です…

螺旋回廊

心の中にはいつも暗い城があった。悲しい旋律に寄せて終わりを謳う城。灰色にくすんだ城壁には幾筋もの亀裂が走っていて、時折がらがらと煉瓦が崩れ落ちる。回顧は即ち後悔だ。暗い城には長い長い階段がある。浅い一段を踏んで昇っても世界は何も変わらない…