獣みたいににっこりわらって

 

抱き締めても腕の感覚が鈍るのが怖い。これから彼女が逃げたとして私はそれをつかめない。手を出してはいけない。視界の広がる中に黒い髪の毛。うるさいな、黙ってほしい。口はいらなくて、声は兎に角私の背中をつつくだけだ。すべてアイディンティティー、それは意思性。向かう先をしっかり覚えながら、わき道にそれる帰巣本能。愛しているとは言い難いけど絶対的に嫌いじゃないよ。蕩けていく全部に渡さないものは自分の指先の爪だけで、それいがいに冷えてるなんてことはないからどうやらそれが全てらしい。大きな空は裏切りながら雲を泳がせているけど、本当はどうでも良いんだ。ゆっくりわらってよ、けだものみたいに。静かな空気が洩れても吐息だけ煩い。吐息がやかましい。染み付く前に消し飛ばしちゃうの汚いMDを放り出して置いたりしないで。飛び立つ前に落ちることを覚えてから行かなくてはだめよ、知っているのだから。繰り返す前に終ってしまう。何処にもいけないのね、いかなければいいのに進んだのは貴方。

そんな暇なんてないのよ、と彼女は言いながら消えた。明日のほうに走って帰っていった。救いがたい全てものにあいを送ってくれ。特に私。進む場所に、進んでいく後姿が好きだよ、多分ね。本当は瞬間的な好み。全ての好きと言う感覚はいつも突発的行為。それをいつまでも続けようとしても無駄だよ、多分ね。本当は好きと言う感覚は瞬間的感情。いつも好きだと思っているわけじゃなくて、たった一秒が酷く愛しいだけだと知っておいてくれよ、例えばその後姿を見ている私を振り返らない優しさとか。振り返らないでくれてるときとか。