夜でもないし朝でもないし夕暮れでもない

ただ少しささくれ立った指の節々。剥いだ後の血液。かわがふやけていく。年を取るように。風呂に入ったとの指を見るのが私は嫌いで、それに触るのも嫌い。磯巾着は毒をもっているらしくって、昔知らずに突いていた。それでもそういう種類だったらしくて触っても平気だった。もうそんな妙なものにも触りたくないのに。

すっきりしてしまった自分は疎ましくて、全然輝かしくない。

 

私がここで手に入れたのは妥協と諦めとほんの少しの幸福にも触れないくらいの高い絶壁で、向こうで笑う人の声も聞き取れなかった。

光は差したけど、救いにはあまりにていなくて、とてもがっかりしてしまった。明日は光がありますようにって、光だけ願ってみたりもしたけど、全部無駄だった。

絶壁の上の声が聞こえたからだ。

上の声が聞こえて、最初は恨めしく思って次に羨ましく思ってその次に恨んだ。また恨んだ。とにかく恨んで怨んで憾んで怨んで、呪いで殺せるかな、って言うくらいまで睨んでると、上の奴はやっほー、って声を掛けてきた。

どうしてですか。なんでこんなにお前のことが嫌いなのに、笑うんですか。おかしいですか。楽しいですか。楽しくねえよ。どうにかしてくれませんか。どうにもできないんです。

たまに上からぱらぱらと石が落ちてきた。その上のほうを見ると、意外と絶壁は低いんじゃなかろうかと思えるほどだった。これが私にとっての救いだとしたら、まだ道は長いということではなかろうか。上れるくらい私が上を見ているのに飽きたら、もしかしたら上の奴は下に来るのかも、もしかしたら入れ替わってしまうのかも。もしかしたら私すら背負ってまた上ってしまうのかも。

 

願わくば、足元のあの絶壁の底辺を私が懐かしく思いませんように。