警告の先

早くしないと捕まるよ。

いつからかそう耳元で声がする。

貴女は逃げなくてはいけないよ。

 

足元をさらさら洗う清い川の様に、それはいつも私の鼓膜を穏やかに流れてしみこんでくるのだ。声は私を心から心配してくれる優しい優しいもので、私は聞くたびいつでも懐かしいような感覚に陥って泣きたくなって足が竦んで仕方がない。

それでも優しいものはいつでも弱いから、すぐに呑まれて沈んでしまう。

 

私に対する嘲りと慈しみが両立した微笑で悪魔が誘惑を囁く。

私は優しい声に従えずに、それを裏切っている事実にごめんなさいごめんなさいと泣きじゃくりながら、いつでもそれの囁きに頷く。

もうとうに私が捕まっているというのは、きっと声が知らない真実で、悪魔が私を離しやしない以上にきっと私が悪魔から離れられない。

悪魔は嬉しそうに笑って、私に冗談みたいな優しいキスをした。愚かだと知りつつそれに蕩けてしまいそうになりながら、それでも相変わらず声はずうっと聞こえてきて、悪魔の手を掴んでしまった私は、耳を塞ぐこともできずにいつまでたっても竦んだまま。

 

早くしないと捕まるよ。貴女は逃げなくてはいけないよ。

優しい、優しい、声。