水玉模様
あの人のことを考えていると体中にまぁるい穴があく。比喩的表現じゃなくてホントの話。初めは小さな丸が心臓あたりに空洞をつくるんだけど、だんだん数が増えてきて私は体中穴だらけ。それにはとても『侵蝕』という言葉が相応しい。
「好き」とか「愛しい」とかそんな感情の一つ一つが私の中を満たしていく。
まるで精巧に出来たピストルで打ち抜かれていくみたい。
「好き」とか「愛しい」とか。
その真っ暗な空洞がどんどん増殖して、いつか私自身はその水玉模様に侵蝕されてしまうんじゃないかな。それでも私は彼に関する思考を止めることは無い。このまま彼のことだけを考え続けながら、彼に対する感情に飲み込まれて消えてしまえる。なんて素敵なんだろう。人魚姫は自ら泡になったけど、私の場合はもっと高尚な気がする。
暫く同じことを続けると私はとうとう頭部のみになってしまった。
水玉模様の連結。
繋がるドット。
重なった円は次第に面積を広げ、私が完全に飲み込まれる時もそう遠くはないだろう。
「…何してんの」
不意に彼の声が聞こえた。
夢の中で呼ばれたみたいに曖昧でぼんやりとした掴み所の無い声。でも確かに彼だった。
その瞬間、頭だけになっていた体が瞬く間に蘇生し始めた。首の皮膚が生き返り、そこから肩へ腕へと延び心臓のある左胸を形成して腹部、両足、そして爪先。一分と経たないうちに私はすっかり元通りになった。穴はどこにもあいていない。振り返ると彼が居た。次第に意識がはっきりとしてくる。そうだ此処は彼の家だ。
「鏡なんか見詰めてどーしたの」
私は姿見を覗き込んでいたのだった。的外れな問いに首を横にかくん、と落として振り返り言葉もなく見つめ返すと彼は苦笑を浮かべた。
「変な奴」
そう言って大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと混ぜるように撫でた。
「ねえ、」
声を出すと彼は頭の上に手を置いたまま訝しげに眉を顰めた。
「あのね、私がいきなり消えてしまっても驚かないでね。私が跡形もなく居なくなってしまった時はきっとあなたのことが好きで好きで仕方が無くなった時だから。」
彼は益々不思議そうな顔をして、それでも微かに頷いた。
「私、今もきっと水玉模様だ。」
目の前の愛しい人は切れ長の瞳を細めて笑うと、腰を屈めて私の額に小さな口付けを落とした。