めんへらくそびっち

いつ、どこからどうやって噂が流れているのか知らないが、私は別にセックスが好きなわけじゃない。

 

食うことや眠ることと同じように、身体が欲するから満たしたいだけだ。空気を吸う、水を飲む、それらとまったく同じ感覚で私は体温を欲しいと思う。そこに特別な理由なんて何ひとつない。

誰彼構わず手をつけるのは、誰とやろうが結果はいつも同じだから。

触れ合って分け合って、吐き出してしまえばそれでおしまい。後には何も残らない、残るものなんて何もない。

人間はどうあがいたって結局は独り、それを互いにまざまざと見せつけて終わる、どこまでも果てのない虚ろなだけの行為だ。

 

薄い被膜に包まれたまま、荒い呼吸を繰り返し、私はひたすら目眩を耐える。今しがたまで溺れていた身体が白く滲んでぼやけ、頭の中がただ一つの言葉で埋め尽くされる。

 

死にたい。死にたい、死にたい、死にたい。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい。

 

どうしてだろう、吐き出した後に見る光景はいつだって一緒だ。耳を引き裂く悲鳴、何かの毀れる音、赤く濁る空、さかしまの世界。あの人はいつだって笑っていた、最期の最期まで笑っていた、だからたとえそれが惨く潰れていようとも、私はあの人の笑う顔しか思い出すことができない。

死にたい、死にたい、死にたい、死にたいと思いながら、対極のところで私は闇に沈んでいる。

呼吸を繰り返し、生に命を突き立て、欲望の残滓を貪るように撒き散らしている。何も変わらないし何も始まらない、私は相変わらず独りのままで、上にいる相手の顔すらもう思い出せない。吐き出したばかりなのに、肺の中はまた何かで一杯になる。

満たされない、満たされたい、何もかも欲しい、何も欲しくない、あまりの矛盾に気が遠くなる。

引き摺られるように骨も身も重くなり、ずるずると褥の上に倒れこむ。倒れ込んだ肌の上は大抵温かい。汗で溶けた身体が私を迎え入れる。現実が手の内に舞い戻り、あの人の笑顔だけがかすんで消えていく。私にはそれが無性に許せない。認めたくなくて、忘れかけていた相手に口づける。吐息が頬に触れ、指先が髪を撫で、瞼の裏で波のように熱が広がる。

 

忘れたくない。忘れたくない。忘れたくない。忘れたくない。

 

私はセックスが好きなんじゃない。他に溺れる場所を知らないだけだ。溺れてそのまま死ねたらいい、そう思える場所を知らないだけだ。

助かりたいわけでも赦されたいわけでもなく、ただその瞬間が欲しくて私は行為を繰り返す。

何を言われてもいい、何と言われてもいい、そこに行けばいつだってあの人は笑っている。

 

忘れたくない。

忘れたくない。

忘れたくない。

 

瞼を開いても何も見えない闇の中で、私はいつでもただそれだけを願っている。