何も持たないからどこにだって行ける

うつくしい所作で煙草を捨てることに命をかけていた時期があった。

 

にこやかに、いとも簡単に別れの言葉を口に出せるおんなのこたちを私はなによりも羨んでいる。彼女たちの後ろに見える明日を羨んでいる。それら、なにもかも私は手にしてない。

過去の思い出はうつくしいけれど、過剰に引き出せば。なにより現実に育ったそのものを見せつけられれば、残ったものは尻切れ蜻蛉の白けた空気と鬱しかない。

あれらはたまに写真を持ち出すくらいが丁度善い。なんの足しにもならないが、感傷のほうがよほどましだろう。

 

私をただのひとつの記号にしてくれる都会を愛しているけれど憎んでいる。うつくしく、けれど逃げ場のない故郷を憎んでいるけれど愛している。

つまり私には居場所なんぞはどこにもなく、代わりにどこにだって行けるのだ。

 

煙草を取り出す。吸う意味を私は忘れたし識らない。多分もうだれも識らない。

 

私は過去を愛してる。過去の中の、大事に取り出したいくつか。だけどそれらは私を愛してくれないので。というか私の識らないところで育つので、私はそれらを切り捨てていくしかない。

想像と現実の差異に落胆するよりは。

 

何も持たないからどこにだって行ける?

逃げるんじゃねえよ臆病者。